音楽留学に才能は必要?不安を自信に変えて海外へ羽ばたくコツ
皆さんこんにちは。
「海外音楽留学の3つの壁と、それを乗り越えて世界へ羽ばたく方法 」の第3回目として、
「お金の壁」
「親(親族)の壁」
に続いて、
今回は「才能の壁」についてお話しさせていただきます。
目次
才能って何?
さて、そもそも才能とはなんですか?
あなたはもしや、
「自分には才能がないから留学する資格はない」
と思ってますか?
「才能ある」
「才能ない」
それって一体誰が決めるのですか?
その決める人はそんなにすごい人ですか?
そもそも、誰にでも、その人の唯一無二の才能は必ず備わっています。
「自分にはどんな才能が備わっているのか」
「自分に与えられた人生のミッションは何なのか」
を探り当てたいという目標があるだけでも、音楽留学をすべきだと、私は思っています。
日本の社会の中で生きていると、いつしか、
「私なんて...」
という負のループに陥りやすいです。
「劣等コンプレックス」(inferiority complex)」
を持っている人、日本には多いんじゃないかなーと思います。
というのは、私も日本に住んでいた時は
「劣等コンプレックス」持ってましたから。
でも、あなたが、自分を心から
褒めてやることができなければ
一体他の誰がそれをしてくれるのでしょうか。
所詮、自分のことを1番わかっているのは自分です。
「他人の目を気にしない」
とか
「他人の意見を気にしない」
って、日本に住んでいる限り、とても難しい課題です。
私も、日本にいる間は、いろんな人に色々言われて何度も落ち込みました。
でもヨーロッパでは、多分ほとんどの人が
「私はこれでいい!今の私が好き!」
と、自分主体で生きています。
こういう生き方ができる環境の中で
自分を見つめ直すことができるという
だけでヨーロッパに留学する価値が
あるくらいだと思います。
音楽留学で1番大事なのはチャレンジ精神と持続力

どこかでも書きましたが、
「音楽留学で1番大事なのはチャレンジ精神と持続力」
だと思います。
私が1番違うと思うのが、
「誰かに才能あると言われたことがないから私には才能がないので留学は諦める!」
です。
なぜかというと、私は小さい頃から「落ちこぼれ」でした。
誰からも「あなた、才能あるから留学すべきよ!」と言われた事がありませんでした。
でも、ウィーン国立音楽大学の入試には、なぜか私は受かり、日本のエリート音大卒の方は不合格でした。
だから、あなたも、もし誰からもあなたの才能を認めてもらったことがないとしても、それを理由に留学を諦める必要はありません。
大体、
「才能」の定義は十人十色です。特に欧米では。
ある1人の教授が
「あの子の才能はすごい!」
と言っても、もう1人の教授は
「イヤイヤ、あの子はダメだよ。端にも棒にも引っかからないねー」
と言うケース。そこら中で起こってます。
だから、あなたにチャレンジ精神と持続力があるのなら、ぜひチャレンジしてみてください!
日本ではずっと落ちこぼれ
さて、私の話に戻りますが、私は田舎生まれの田舎育ち。
周りにはいい先生がいないし、家族は特別な音楽教育に何の興味も示しませんでした。
私の両親は、前に書きましたが中学校教師、親族は全員教員か元教員。
芸術家も音楽家も親族には1人もいない。
だから、自分の娘が音楽なんてやっても、食べていけるわけがないと、母は信じ切っていたし、私に面と向かって
「あんたになんか音楽の才能があるわけが無い」
と常に言い続けていました。
私は小さい時、ずっと某音楽教室のとっても若くて優しい先生についていました。
「大きくなったら何になりたいの?」
とその先生に聞きたれた時、私はすぐさま
「作曲家!ピアニスト!」
と答えました。
その優しい女性の先生はびっくりして絶句してらっしゃいましたが、そのあとレッスンで何かが変わったわけではありませんでした。
その音楽教室のメソッドの教本に沿ったゆったりとしたな進み具合で、私にとってはつまらない曲ばっかり。
私としては、もっとたくさん、いろんなクラッシックの名曲を弾きたかったのですが、先生に弾いていいか尋ねると、
「あー、それは難しすぎる。あと〇〇年経ったらねー」
という答えがいつも返ってきました。
仕方なく自分のお小遣いで田舎の楽器店に行って、手に入る楽譜をほぼ全部買って、自我流に片っ端から弾いていました。
小学生の頃は、ピアノの部屋にこもってシューベルトの交響曲未完成のピアノ版やベートーベンのソナタ「月光」に挑戦したり、ピアノ曲や歌曲を作ったりしていました。
でも、誰にも、もちろんその優しいピアノの先生にも
「すごいね、上手いね」
「才能あるねー」
などと言われたことはありませんでした。
でも、心のどこかで、
「自分にも、まだ見つけられていない才能が潜んでいるんじゃないかな」
と思っていました。
能天気? ポジティブ思考?
何でそんなことを思い続けることができたかというと、多分、1つだけ、小さな成功体験があったからです。
小学生の時のプチ成功体験が心の支え
小学校6年生の時に、校内で作曲コンクールがあったのです。
同級生に〇〇ちゃんという、すでに小学校低学年の時から作曲とピアノの才能を認められ、月に一回、東京の偉い先生のところに、作曲とピアノのレッスンに通っている女の子がいました。
マジでその子に憧れたし、羨ましかったです。
だって、〇〇ちゃんは、私の持ってなかった、
お金
親の理解
才能
の全てを、すでに小学校低学年の頃から手に入れていたのですから。
いつもかわいい服を着ていたし、
「毎月1回学校の授業を早退して東京の偉い先生のところにレッスンに通う」
というのがめっちゃカッコ良かったです。
もちろん、みんなから一目置かれていました。
その子のおじいさまが地元の獣医さんだったことから、お金持ちなんだろうなと勝手に想像していました。
私はその子に比べたら、音楽面だけとっても、全てにおいて話にならないほど劣っていました。
ピアノも下手
作曲も下手
即興演奏も下手
そんな私が心を込めて作曲した曲が小学校6年生の時に、校内の作曲コンクールで高学年の児童全員の投票の末、1位になったのです。
音楽の先生は、もちろんその才能溢れる〇〇ちゃんの曲を推していたので、番狂せ中の番狂せでした。
それが、私のたった1回だけの小さな成功体験でした。
本当に、私の成功体験は、後にも先にもその一回きりでした。
「そんなにちっぽけな、たった1つの成功体験に支えられていたの?」
とびっくりするかも知れませんが、私の中にある「変な自信」は、潜在的に、その成功体験に支えられていたところは大きかったようです。
私だって、子供の頃、
「〇〇ちゃんみたいに「偉い先生」のところにレッスンに行ってみたいなー」
と憧れましたが、親はそんな話を相手にはしてくれないし、実際、東京に何のツテもありませんでした。
私の両親の大きな望みは、私が地元の国立大学の教育学部に入ることだったので、中学生になった時、なぜかその国立大学の声楽科の教授に歌とピアノと和声法を教えてもらうことになりました。
まず、違和感あったのはその人は歌の先生だと言うこと。
だからピアノも和声も今思えば、どっちもよくわかんなかったんだろうなーと思います。
というか、歌のこともよく分かってませんでしたねー。今振り返ればそう思います。
でもなぜかレッスンはとても厳しくて。怖い先生でした。
そして彼は大学で教えていたので、時間が無く、レッスンは、半年に一回とか一年に一回。
(親は、誰かの紹介でその先生を見つけてきて、喜んでましたが、今思えばめちゃくちゃ意味のないことやってましたね)
というわけで、結局、中学生の時も自分で楽譜を買ってきて、自我流で片っ端から曲を弾いたり、作曲したりしていました。
ちなみにその声楽科の教授からも、歌も、ピアノも、才能ないと諦められていて、褒められたことは一度もありませんでした。
その声楽科の先生は、私が教育学部に入ることを目指していると思っていたので、実技はどうせそんなに重視されないので、勉強さえ頑張ればいい、みたいなことを言っていました。
とにかく私は、子供の頃から音楽家になりたかったのですが、いつも、その話をすると母に鼻で笑われて
「あんたには学校の教師が合ってるね」
と、マニピュレーションされながら大きくなりました。
「あんたに音楽の才能があるわけはないから、音楽家になれるわけがない」
とも、母に何度も言われました。
父はだんだん私の留学を陰ながら応援するようになっていったのですが、最初のうちは、やはり
「長女は学校教師になるのが1番素晴らしいことだ」
と思っていました。
私の才能を常に否定していたのは、母だけでしたが。
自分の身近な人に自分の才能を否定されるのは、とても辛いことでした。
考えてみればおかしな話です。
だって母は音楽のことが全くわからないので、私に才能があるかないかもわかるわけがないからです。
そういえば、私の娘も数年前に母から同じようなことをされました。
「オペラ歌手になるのが夢だっておばあちゃんに言ったら『あっはっは。無理だわね』って大笑いされた」
とある日悲しそうに言っていました。
母にとっては笑い話だったのかもしれませんが、私の娘はあの頃オペラ歌手になるのが夢だっただけに、大好きな祖母に自分の夢を笑い飛ばされショックだったのです。
大好きな孫にも、そんな態度をとってしまう母。
自分の中の小さな常識の範囲で生きているから、その自分の常識の範囲を超えたものは、全てバカげたこととして一括りにしてしまうのかもしれません。
私は小さい頃から
「あなたはわがままで変わった変な子。」
「だからその変なところを治して、普通になりなさい。」
とも言われてきましたが、大きくなってからも
「あんたにそんな才能あるわけないんだから、わがままばかり言ってないで、いい加減に、留学のことなんて忘れなさい」
とやはり同じようなことを言われ続けました。
30年経って、はっきり言えること
30年経って、はっきり言えますが、母は完全に間違っていました。
私ほど、チャレンジ精神に溢れる子でなかったら、そんな母に押しつぶされて、留学することなんかとっくに諦めて、それどころか、人生の道を踏み外していたでしょう。
今になって、妹とよく話すのですが
「私たち、自分たちを否定されるようなことを色々言われて育ってきたのに、よくグレなかったよねー」
本当です。
私の妹は心の優しい子で、親を怖がっていたのであまり逆らえませんでした。
前にちょっと触れましたが、妹がバレリーナになりたいと言った時も、笑って即却下されて
「あんたには小学校の先生が向いているよ」
と言われたそうです。
今でこそ海外留学経験者はたくさんいますが、その頃は、まだ、音楽留学は、一部の特別な才能を持った人がするものだと、田舎では思われていました。
だから、あの小学校の時の校内作曲コンクールで一位になった以外は、どんな田舎の小さなコンクールでも、何の賞も取ったことのない私は、ただの「落ちこぼれ」でした。
作曲家になるには自分の先祖三代が音楽家であるような家系でなければダメだと本気で思っている人が、周りにたくさんいました。
私は子供の時、それを信じ込まされていたので、大きくなるとともに、自分の劣等感から
「作曲の勉強がしたい」
とか
「作曲家になりたい」
とか、とんでもないけど言い出せませんでした。
高校2年生になって、やっと、その声楽科の教授が、違う先生を紹介してくれました。
今度は本当のピアノ専門の先生でした。
アムステルダムの音楽院に留学していた地元出身の女性のピアニストでした。
でも私はその先生からも、
「作曲は一握りの才能のある人に認められていること」
「17才の今からじゃどうせ遅すぎる」
と言われ、
ピアノは
「手の形がそもそもピアノに向いてないわね」
と言われ、
もちろん、ピアノの技術は、前述の通り、中1から高2までずっとほぼ独学だったため、留学できるレベルじゃないと、見放されていました。
その先生は月に一回東京からレッスンに来ていらっしゃったのですが、そもそもレッスンで細かいことは言わないで、
「いいんじゃない」
とか
「つまんない」
か
「楽しい」
くらいしか言われませんでした。
だから、私のテクニックは高校生の時点でもメチャクチャでした。
でもその先生の良かったところは、私の才能はともかく、どんなにめちゃくちゃでも
「ヨーロッパに留学したい!」
という希望を持ったことに対しては、即却下しないで
「じゃ、トライしてみなさい!」
と、応援してくれたことです。
あ、でも、応援と言っても、
「頑張りなさい。あなたなら実現できる気がするわ」
と励ましてくださったという意味で、ヨーロッパの知人や先生、大学を紹介してくださるとか、そういったことは一切ありませんでした。
でも、それでも母が絶対反対だったので、身近に励ましてくれる人がいると言うだけで、救われました。
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とにかく、ずっと落ちこぼれだった私が、ウィーン国立音楽大学の作曲科と指揮科に入学できたことは、田舎の常識でいったら「あり得ない」ことでした。
でも、人間一人ひとりの常識って、すっごく狭い範囲のものですよね。
そしてその狭い常識の範囲の中で、
「これが正解」
と思って問題なく生きていくことができる人はさておいて、それができない不器用な人って、割とたくさんいるわけです。
私みたいに。
もしあなたが、私みたいな人で、ご自身のチャレンジ精神と持続力には自信があるなら、あなたには、音楽留学を有意義なものにすることのできる素質がすでに備わっています。
そもそも「チャレンジ精神と持続力」こそが、あなたの持っている素晴らしい才能の1つなのです。
普通に考えたら、ずっと落ちこぼれだった私がウィーン国立音楽大学に入れたのは、たまたま何かのミスで奇跡が起こっただけ。
私の田舎では、そう考えた人はたくさんいたでしょう。
でも私はウィーン音楽大学で2年後に受けた指揮科の入試にも、一発で受かりました。
作曲科と指揮科の両方で学びながら、ウィーンで開催された国際的な作曲コンクールで「Preis der Austrio Mechana」も受賞しています。
そのコンクールの他の受賞者は音大の講師や、フリーランスの作曲家など年配の方々で、私が唯一の学生だったので、受賞したことが、ウィーン音大の廊下に大々的に貼り出されました。
その賞を受賞したときは、さすがに私の母は、私の音楽の才能を認めざるを得なかったと思います。
でも、正直言って、他の誰かが認めてくれたから、突然自分の娘の才能を認めることができるようになる、というのもおかしな話です。
だって、ウィーン国立音楽大学に入れたからといって、ウィーンで開催された作曲コンクールで入賞したからと言って、
本当は、それが私に特別の才能があることの証にはなりません。
とにかく私が大声でで言いたいのは、
どんな人間にも素晴らしい才能が宿っているということです。
あなたがあなたの才能を信じ、やりたいことに突き進みたいと思っているなら、勇気を出して一歩ずつ前に進むべきです。
きっと道は開けます。
あなたが音楽が好きで、歌、もしくは楽器の道に進みたいと思った時点で、あなたは、あなたの持っている唯一無二の才能を磨き上げるに値するのです。
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