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車椅子ギャルさしみちゃん!難病&毒親の二重苦を支えてくれたのは弟

車椅子ギャルさしみちゃん!難病&毒親の二重苦を支えてくれたのは弟

こんにちは。「車いすギャルさしみちゃん」は、グラッフィックデザイナーのお仕事のかたわら、ユーチューバーもやっていて最近、NHKのバリアフリー・バラエティー「バリバラ」」や「「情報ライブ ミヤネ屋」にも出演しています。

今回は、「車いすギャルさしみちゃん」についてちょっと深掘りしていきたいと思います。

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車椅子ギャルさしみちゃんってどんな人?


引用元: instagram.com

「車椅子ギャルさしみちゃん」についてわかっていることは、このくらいです。

プロフィール

本名 不明

芸名
車椅子ギャルさしみちゃん

生年月日
1995年12月19日

出身地 埼玉県

学歴
定時制高校
日本大学芸術学部

職業
ユーチューバー、インフルエンサー
グラフィックデザイナーとして会社勤務

車椅子ギャルさしみちゃんhttps://www.youtube.com/@sashimichan/about

どんな病気?

車椅子ギャルさしみちゃん!難病&毒親の二重苦を支えてくれたのは弟
引用元: instagram.com

「車椅子ギャルさしみちゃん」は、日本に実質的に一人しかいない、先天性の骨の病気、点状石灰化骨異形成症を患い、体の部分的な骨が子供の時の柔らかいままで、自分の体重に耐えられず、脊髄を圧迫して、背骨が左右前後に曲がってしまう側湾症も発症しているのだそうです。

生まれた時から「この子は歩くの無理」とお医者さんには言われていたのに、元ヤンの両親は、

「歩けんじゃねー?」

とスパルタ教育で歩く練習をして、奇跡的に小さい頃は何とか歩いていたそうです。

車椅子は小学校の頃から

車椅子ギャルさしみちゃん!難病&毒親の二重苦を支えてくれたのは弟
引用元: youtube.com

でも、小学生の頃には、歩行は難しくなり、入院や手術で、学校もたくさん休んだそうですが、何とか中学までは普通のクラスに通い続けたのだそうです。

どんな高校生活?

普通の高校生活は体力的に無理だし、勉強も得意じゃなかったため、定時制の高校に通ったのだそうです。
でも、その定時制の高校は、昼間やっている学校でした。午前11時頃からいつも授業が始まっていたのだそうです。
いわゆる不良高校だったそうで、その高校があまりにもやばすぎて、辞めるか(高校中退)、子供産んでドロップアウトするか、警察に捕まっちゃう人とかとかが、いっぱいいたため、さすがの刺身ちゃんも
「このままじゃヤバい!だったら好きなことをやろう!」
と思ったそうで、がんばって日本大学芸術学部を受験し、見事にストレートで合格したのだそうです。

大学生活

車椅子ギャルさしみちゃん!難病&毒親の二重苦を支えてくれたのは弟
引用元: instagram.com

家はそんなに裕福ではなかったのですが、入学金だけは母親が札束を「ドン」と出して「おごってやるよ」と言ったのだそうです。

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さすが元ヤンママ!粋な計らい!
学費は全部奨学金でまかなったのだそうです。美術大学なので、画材等の材料費も必要になってくるのですが、普通のバイトはできないので、「チャットレディー」とかで稼いでいたのだそうです。
一応、ちょっと谷間見せながら喋るくらいの「エロなしのチャットレディー」もあるのだそうです。もちろん、いきなりあそこを出してきたりする人もたまに入るらしいのですが、そういう場合は、BANもできたのだそうです。
とにかく、その「チャットレディー」で、おじさんの悩みを聞いてあげながら、普通のバイトをやったら稼げるくらいの月7万とかを稼いで、その他の必要経費に充てていたのだそうです。
「こんな小娘に、話を相談するサラリーマンの人がいるんだ」ということがわかって不思議な感覚だったそうです。オンラインキャバクラみたいな感じですね、きっと。
それでも、ちゃんと、在学中に自主制作で映画を作ったり、写真撮ったり、MVを作ったり、映画監督をやったり、美術系のいろんな活動をして、大学はストレートで卒業したそうです。

難病&毒親の二重苦から救ってくれた弟

車椅子ギャルさしみちゃん!難病&毒親の二重苦を支えてくれたのは弟
引用元: instagram.com

大学生の頃は、一緒に受験したけど落ちて浪人していたDV彼氏とは、共依存関係だったために、くっついたり離れたりを繰り返し、精神的にとても不安定な学生時代だったそうです。
「さしみちゃん」にとってのもう一つの悩みは元ヤンの両親だったのだそうです。「さしみちゃん」が頑張っていることには無関心のくせに、ほっといてほしいことにはやたら干渉してくる、いわゆる毒親だったのだそうですが、それに付け加え、家ではしょっちゅう殴り合いや、首を絞めたりの夫婦げんかをやっていて「さしみちゃん」の心はもっと病み、1ヶ月に一度くらいの頻度で、リストカットなどの自殺未遂を繰り返していたそうです。
そんな時「姉ちゃん、死なないで!」と支えてくれたのが、弟さんだったのだそうです。
小さい頃は、自分は歩けないのに、弟だけサッカーをやったり普通に生活できるので、「何で自分だけ」とふてくされて、弟のことも好きになれなかったそうなのですが、その頃から、弟のことが、心から「好き」と思えるようになったそうです。
「いつも哀れだと思われていたので、性格がだんだんと、ひねくれちゃったのだと思う」と、笑いながら言える人って、すごく芯が強くて正直だなって思います。
やさしい弟さんに励まされ続け、いつしか、「さしみちゃん」は、「いつでも死ねる」と思ったら、がんばれる気持ちになれたのだそうです。

現在

就職活動はスムーズに行って、いくつか内定をもらったのだそうですが、最終的には、障害者枠でもお給料が少なくならない今の職場のデザイナー枠の職を選んだのだそうです。

意外と堅気な会社勤めで、アプリの画面作りや、ニュースの解説を、よりわかりやすくするための図を書いたりしているのだそうです。
就職してから、親には「一人暮らしなんかできるわけがない」と言われて、家を出て行くなら絶縁だ、と言われたのですが、それでも、自分の力でバリアフリーのアパートを見つけて借りて、稼ぎのない彼氏と同棲するつもりだったのだそうです。
なのに彼氏が浮気したので、また実家に舞い戻らないといけなくなったりと、波乱万丈でしたが、今では本当にその彼氏とも別れ、一人暮らしができているそうです。
車椅子ギャルさしみちゃんは、自身のユーチューブチャンネルに、このように書いています。
『障害者』は名前でも肩書でもない。『障害』も、あるけど1人の等身大の私自身として生きると決めた。 チャンネル登録よろしくお願いします!!
引用元: youtube.com

まとめ

「この先生きれるのか、死ぬのか、わかんないですよ。」と笑いながら語っているのを見て、それだけで「すごいなー」と思ったし、びっくりしました。
一応アメリカに一人同じ病気の人がいたのだそうですが、6歳で亡くなってしまい、車椅子ギャルさしみちゃんは、その病気の人の中で日本最高齢なのだそうです。
だから、本当にいつ死んでもおかしくない人生を、一日、また一日と噛み締めながら生きているのですね。
もう、それだけでも尊敬します!
さしみちゃんんは、とにかく、自分を知ってもらうことによって、障害者にとってエレベーターが大変とか、公共機関が面倒とか、そういうことをちょっとでも知ってもらえれば、と思っていて、発信を続けることによって、少しでもマイノリティーの人たちが暮らしやすい世の中になればいいな、と願っているそうです。
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